N magazine 島崎賢史郎(明治大学)って?次号は?内定先は?

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2013年3月に日本の現役の大学生
が創刊したファッション雑誌
「N magazine」をご存知ですか?

インターネット販売のアマゾンで
完売。オフラインの書店でも完売。

中古市場では倍額で取引され
重版にいたるほどのヒット雑誌を
一人の男子学生が生み出したことで
話題になりました。

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「N magazine」を創刊した理由は?

N magazineを創刊したのは
明治大学政治経済学部の島崎賢史郎
さんです。

 

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大学のサークル活動でフリーペーパー
やWEBマガジン作りに携わってきた
島崎さんでしたがある疑問を抱いていた
そうです。

どうして一般の書店に販売されている
ファッション誌には魅力的なものがな
いのだろうか?

その疑問を解消するために島崎さんは
思い立ちます。

魅力的なファッション誌がないならば
自分で作ってしまえばいい!!

思い立ったら早速行動開始。

実家が経営しているキャンプ場などで
必死にアルバイトをして資金作りに。
合計200万円の貯金ができ
その資金をもとに島崎さんは具体的な
行動に移ります。

雑誌作りに必要な人材の集め方の知識
もなかった島崎さんの最大の武器は
「情熱」だけでした。

自ら何百枚も企画書を書き上げ、
モデル事務所やカメラマンなどの
クリエイターのにアプローチを重ねる日々。

当然のごとく断られまくる日々でしたが
それでも諦めるという選択肢は全く
なかったそうです。

そして、一人の男子学生の情熱が
プロフェッショナル達にも伝わり
情熱は徐々に形になって現れてきます。

島崎さん自身の希望もあって、
表紙には超一流モデルである
水原希子さんが飾ることに。

クリエイター陣もプロ中のプロ達が
集い、出来上がったのが
「N magazine」でした。

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N magazineの次号はいつでるの?

N magazine0号がに引き続き
2013年11月に1号が発売されました。

1号はムック本として発売され
こちらも現在では希少価値がつき
中古市場で高額取引が行われています。

1号の表紙は4パターン用意されており
長澤まさみ、二階堂ふみ、太田莉菜、
秋元梢と一流どころが顔を揃えました。

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実は0号で異例のヒットを生み出しながらも
1号発刊には難題が浮上していました。

最大の問題として
スポンサーを思うように集める
ことが出来なかったと島崎さん
は語られています。

創刊号を完売させ重版という異例
のブームを巻き起こしたにも関わ
らず広告費を稼ぐことが出来ません
でした。

モノづくりの楽しさと
ビジネスとして成立させる難しさ
を島崎さんも痛感したそうです。

そして、今のところ2号発売の情報は
入ってきていません。
その理由は次に述べる島崎さんの進路
と関わってきます。

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島崎賢史郎さんの内定先は?

島崎さんはご両親の希望もあり
一般企業への就職を選択しました。

ご自身の考えとしても
きちんとした企業で社会人としての
基礎を身につける必要を感じたから
だそうです。

お金だけでなくビジネスマンとしても
クリエイターとしても目に見えない部分
を体得しようという考えだそうです。

島崎賢史郎さんの内定先ですが
プライバシーの問題もあるため
正確な社名等は分かりません。

ご本人の口から判明しましたが大手
広告代理店への内定が決まっている
そうです。

島崎さん自身も様々な業界研究を
行い、いくつかの企業で内定を獲得
していました。

その中で某R社への進路を考えていた
そうですが、配属先での自分の役割
などを考えた末に辞退。

ちなみに、この某R社とは3年で全員
辞める社風という文脈から
リクルート社ではないかと思います。

一緒に雑誌づくりをしてきた
クリエイター仲間からは就職せずに
雑誌を作り続けようという声もかか
るそうです。

しかし、理想と現実を見据えたとき
島崎さんの視点には今だけをみるの
ではなく時間をかけ自分の成長を
図ることに重点をおいたそうです。

今だけではなくこれからの自分を作る
という視点をも雑誌づくりの経験が
活かされているのかもしれません。

しっかりした企業で修行を積み
あわよくば自身の雑誌づくりにも
絡めていければと野心ものぞかせて
います。

今後の進路、就職をに取り組んでいる
学生さんにとっても島崎さんの選択は
大きなヒントになるのではないでしょうか?

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